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彫刻の勉強
 1993.11.27 創り続けてきた石のふくろうを多くの人に見てもらい,批評を受けたいとの思いから,岡崎市真伝町喫茶「かどみ」の店前面に石ふくろうを展示した. 数日して石のふくろうを購入したいという方が現れた. 自分でも自分の創った石のふくろうが見る人に受け入れられるかどうかわからなかったが,欲しいという方が現れたと知り,嬉しくなりさらに制作に意欲がでてきた.
 ふくろうの目にガラス玉を使っていたが,1994年9月にオニキスの黒玉が見つかり以後目にはオニキス玉を使うようになった.
 
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1995年11月 撮影 上と左 
 
 1994年12月に一年後に会社を辞めて石のふくろうの制作と販売を仕事にしていこうと決心しその準備を始めた. 家族に一年後に会社を辞めることを話し, 販売の面では取り扱ってくれる店を探し始めた. また公共の場所などに制作した石のふくろうを展示させてもらうようにした.
 1995年は会社に勤めていたが,たびたび石のふくろうの注文が入った. ただ必死になって作ったが,時々は立ち止まり,どのようなフクロウが良いか試行錯誤しながら自分の福郎を求めていった.
 1995年12月31日付けで会社を辞め, 1996年1月1日より石のふくろう制作販売を仕事とするようになつた.
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1996作
1996作
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1996作
1996作
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1997作
 1992年10月 石彫を始めたが, それ以前に絵を描いたり,造形をしたことは無かった. 中学の時の美術の授業が最後で,美術が好きでそれに取り組むということは無かった. ただし,15,6才のころ美術家や建築家や数学家や歴史家などいろいろな方々の書いた本をジャンルを問わず興味を持って読んだことを覚えている.
 石彫を始めたら 彫刻について学ばなければと図書館を訪ねたり,東京へ行った時には神田の古書街に寄り,本を探すようにした.

ハーバート・リード 宇佐美英冶訳 みすず書房 1957
彫刻の芸術          ほかリードの和訳本

J.A.シュモル  中村二柄訳  岩崎美術社1971
芸術における未完成

ルドルフ・ウィトコウアー  池上忠治訳  中央公論美術出版 
                                彫刻    1994

アードルフ・フォン・ヒルデブライト 加藤哲弘訳  1993
造形芸術における形の問題   中央公論美術出版

木内 克  求龍堂  1971
わたしのどろ箱

鈴木政夫  東峰書房  1969
日本の石彫   

 彫刻を基礎から学ぶことはなかったが,
  高村光雲著  幕末維新懐古談 岩波文庫  1995
    高村光太郎訳   ロダンの言葉抄  岩波文庫  1972
     クセノフォーン  ソークラテースの思い出  岩波文庫 1966
などの本を読んでいた.鈴木政夫の著書はすべて何度も読み返した.わずかこれらが私の石彫制作の裏づけである.

いままで各所の展示販売会に出品したことはあるが, 美術公募展に出展したことは無いし, 公募展に出展できるもの(作品)でも無い.  自分の石彫作品は,見る人に訴えるものを持ち,自分の側に置いておきたいと思っていただけるものであったら,良いと思っている.そのように受け入れられるものを作り続けていきたいと思っている.

人の心に訴えかける作品を作るためには,  上記の岩波文庫クセノフォーン 佐々木理訳 「ソークラテースの思い出」のまえおきに触れてある「大学」の『格物致知』を心において,石彫制作にあたらなければならないと思っている.

常々自分でも思い,公言もしている 「自分は石彫技術の基礎が無いままに,石彫を仕事にした. フクロウだけを作る石彫家であり,他のものは作れない, (作る技術も無いし, 学んで作る意思も無い.)
自分の石彫フクロウが人に受け入れられなくなれば, それは終わりの時だ」は 常に私の自己存在の基礎です.  (2003.11.6記)
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