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「御国を待ち望む者」
  「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」(マタイ11:28)。何と安らぎのある招きの言葉だろう。そして、この御言葉を読む人には安息が与えられる。イエス様が与えるものは、一時的ではない。永遠の安らぎである。この世で与えられるものは、長く続かない。心の安らぎは主が与えられる。
★イエス様は山上の説教で語られた、「あなたがたは地上に富を積んではならない。そこでは虫が食ったり、さび付いたりするし、また、盗人が忍び込んで盗み出したりする。」(マタイ6:19&20)。いま大切と思うもの、それがどんなに尊く見えても、地上の富は遠い将来においてはどれ程の価値をもっているだろうか。いま損に見えることでも、天に積む宝は永遠に主が守られる。そして、天の御国で相続できる。
★私たちは自分では負いきれない重荷を負うことがある。経済的に困っていて今日の食事が出来ない人そして貧しい子供達、生まれながらの障害や病を持って苦しみを負っている人を思う。また、今不安と恐れの中に苦しむ人を思う。イエス様は、「わたしのくびきは負いやすく、荷は軽い」(マタイ11:30)と語られた。主は私たちの祈りを待っておられる。天の父なる神は、私たちをいつも見守っておられる。
★主が私たちの重荷を背負ってくださる。どんなにいま苦しくても、主が助けてくださる。主が御手を差し伸べて助けてくださる。そして私たちを立ち上がらせてくださる。だから大切なことは主に任せて祈ることだ。そして、御御言葉にふれることだ。その時に、誰にでも、分け隔てなく、主への感謝と賛美が心に湧き上がる。
「祈りは応えられる」
  ヨハネ福音書16章24節に記されている、「願いなさい。そうすれば与えられ、あなたがたは喜びで満たされる」は驚きの御言葉である。「驚くような恵み」、まさにアメイジング グレイスである。
 ★いま求めているものは、病がいやされること、経済的に豊かになること、家族の幸せ、無事受験に合格すること等、その人によって祈りの内容は異なる。その祈りは、苦しみからの救いだろうか。魂の救いを求めて祈るかもしれないし、またイエス様の柔和さ、優しさを求めるものかもしれない。ここに紹介するのは、祈りによってすべての問題を解決した、驚くような祈りの力の証である。
★約二百年前、イギリスのブリストルに、ジョージ・ミュラーという牧師がおられた。ある時、子供達に与えるミルクが無くて困った。お祈りをすると、その直後に、教会の前にミルクを沢山積んだ車が到着したという。子供達全員の飢えは満たされた。財政的にも祈りによってすべて必要が満たされ、沢山の孤児院をイギリスのブリストルに建てた。養った孤児の数は一万人を超えたという。彼の生涯を語る「祈りの力」(ジョージ・ミュラー著、珠玉のメッセージ集)は、私たちに、祈りは確かに答えられることを教えている。ミュラーは日本に来たことがあるが、やはり岡山県で孤児院を建てて、千人以上の孤児を養った石井十次もミュラーの影響を受けた一人である。
★万能なる神は私たちと共に働いて下さり、祈り求める者には、必ず最もふさわしい形で、適切な時に、私たちの祈りは応えられている。祈りこそ、私たちに許されている恵みであり、信じる者の特権である。また、私たちには、主が私たちと共に歩まれて、あらゆる困難を乗り越える力をも与えられている。